平成も終わり令和に時代は変わりましたが、

 

 

平成の時代で言えばどういった事件が印象的でしたか?

 

 

平成の事件と言えば、僕なら

 

 

「東日本大震災」と「オウム事件」

 

 

の二つを挙げます。

 

 

 

 

 

 

 

どちらも誰しもが認める大事件ではあるわけなんですが、

 

 

僕にとっては別格の出来事なんです。

 

 

 

僕が福島県出身であり、かつ元エホバの証人の信者であったこと

 

 

 

 

その境遇にあった僕にとって、

 

 

平成の二つの大事件がなければ今の自分はないと断言できるからです。

 

 

 

 

 

特にオウム事件が僕に与えた影響は、

 

 

人生に対する考えを180度変えるほど強いものになりました。

 

 

なぜなら・・・

 

【奥さん、角度を変えてもらえますか】

人は、宗教なしには生きていけません。

 

 

無宗教と呼ばれる日本人ですら、

 

 

安産祈願・初詣・七五三・結婚式・お葬式・お墓参り

 

 

とひんぱんに宗教がついて回ります。

 

 

 

 

 

だから宗教を否定するつもりはありませんけれど、

 

 

オウムやエホバのように

 

 

極めて有害なものも存在します。

 

 

 

 

 

 

大規模なテロ事件を起こしたり

 

 

子供の輸血を拒否して命を奪ってしまったり

 

 

そういう目に見える被害もさることながら、

 

 

 

 

 

 

本質的には

 

 

「依存体質をつくり、思考力を奪う」

 

 

という決定的な「毒」があります。

 

 

 

 

この毒が全身に回った時に

 

 

どう考えてもおかしいことをおかしいと思わなくなるのです。

 

【尊師という存在は常に自分の中になければならない】

あなたにとっての「尊師」はいますか?

 

 

たとえば、

 

 

このメルマガで書かれていることを疑いもなく受け入れていませんか?

 

 

このメルマガで書いていることは

 

 

僕が個人的に思っていることであり、

 

 

あなたにとっての正解とは限りません。

 

 

 

 

 

 

他の方のメルマガやLINE@など、

 

 

「この人の言うことだったらどんなことでも間違いがない」

 

 

そんなふうに思ったら、

 

 

それはもうその発信者は

 

 

あなたにとっての「尊師」であり

 

 

発信は「聖書」であり

 

 

コミュニティはただの「信者の集い」でしかありません。

 

 

 

 

 

 

 

その毒が全身に回った時、

 

 

おかしなことをしている自分に気づかなくなるでしょう。

 

 

尊師の言う通りにして損しているのにいつまでも希望を持っていたり、

 

 

ぜんぜん儲けられないのに言われるままに新しい教材を買ったり。

 

 

 

 

 

 

まるで僕がエホバの証人の信者だったときのように

 

 

組織と教義に何の疑いも持たず

 

 

オウム事件が起こるまで

 

 

その毒に気づかなかったとするならば、

 

 

それは有害な宗教となって

 

 

あなたの身に降りかかることになるでしょう。

 

 

 

尊師という存在は、常に自分自身の中になければならない。

 

 

僕は、強くそう思うのです。